神戸の元町、ポートタワーの見える事務所で
弁護士をしています、古谷(ふるたに)です。
交通事故の被害者側のサポートを中心に、
遺言作成や相続、契約書チェックなどを
担当しています。
今日は、合宿中です。
朝は、大聖院という
お寺にお参りに行きました。
冬の朝の澄んだ空気の中、
静かな時間が流れていました。
境内には、四国八十八か所の
本尊が並べられているお堂があります。
ここを巡れば、八十八か所めぐりと
同じご利益がある、という場所です。

以前、ここを見たときは、
「ずいぶん俗っぽいな」
「お手軽すぎてご利益は
どうなのだろう」
そんなことを考えていました。
少し斜に構えて
見ていたのだと思います。
本来は、時間をかけて巡るもの。
それを一か所で済ませるのは、
どうなのだろうと。
ですが最近、仏教思想に
触れる機会がありました。
仏教は、自ら悟るだけでなく、
人を悟りに導くことも
目的にしている。
そうした考え方を知りました。
そう思って改めてお堂を見ると、
見え方が変わりました。
誰もが八十八か所を
巡れるわけではありません。
時間や体力、環境の制約があります。
その中で、ありがたさを体感できる
形を用意している。
そう考えると、とても
やさしい仕組みに思えてきました。
思考が変わると、
ものの見方も変わる。
同じ景色でも、受け取り方は
大きく違います。
仕事の上でも、それを感じます。
依頼者の思考を変えることは、
簡単ではありません。
長年の経験や立場があります。
ですが、依頼を受けることで、
法的な考え方を私が代わりに
担うことはできます。
法律の枠組みで整理する。
それが役割です。
一方で、私も学ばせてもらっています。
依頼者の業種・業界の思考。
現場の常識や商売の感覚。
そうした視点が、
私の仕事を深くします。
法的思考と、現場の思考。
どちらか一方では足りません。
お互いの視点を持ち寄る。
相互補完の関係だと感じました。
以前は違和感を覚えたお堂も、
今は違った意味で心に残ります。
固定観念にとらわれず、柔らかく考える。
合宿の朝に、
そんなことを思いました。
広島は故郷のため、
宮島も大聖院も初めてではありません。
ですが、神戸から来て
泊まっているからこそ見れた景色でした。

